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更新日_2005.09.01
柿


日本の秋の田園風景として日本人の心を和ませてくれる柿のある風景。
有史以前から栽培されていたと考えられる柿。
その果実は砂糖の普及していない時代重要な甘みとして、渋は布や紙の補強剤、心材は家具や器具の用材となるなど、日本人の生活になくてはならない存在でした。
広島では江戸時代、柿奉行が置かれるほど栽培が盛んで、志賀直哉も暗夜行路草稿で西条柿についてふれています。当地尾道でも少し奥へ分け入れば今でも軒先から吊り下がる柿のすだれを見ることができます。
桂馬の初代が、その姿から柿天を考案したのは、幾度かご紹介している通りです。一見何の繋がりもない海と山の取り合わせですが、柿渋は、漁網や漁船の補強に使われていたことを考えますと、か細いながらも海と山との繋がりに思いをめぐらせることができます。
かつて尾道を訪れた際、尾道の情景を「のどかさや 小山つづきに塔二つ」と詠んだ俳人正岡子規も柿が大好物だったそうです。三千句の俳句を選句中に大好物の柿を二つ持ってこられた子規は、すぐにでもかぶりつきたい気持ちを抑えて、選句を続けます。その様子を子規の弟分であった高浜虚子は大正四年、東京朝日新聞に連載した小説「柿二つ」で描きました。当の子規は子規で「三千の俳句を閲し柿二つ」と自らのことを詠みました。

明治から時代は下り、2005年今秋桂馬では新しいふたつの柿が誕生します。
この国の長い歴史の中で培ってきた柿の文化。
人々の身近な生活の中に在る柿を、桂馬の「柿ふたつ」でますます身近に感じてもらえたらと思っております。

記 岸川裕尚

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