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美味礼讃
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美味礼讃
更新日_2006.06.01
瓢箪


夏、蒼々と青空に映える尾道三山の一つ瑠璃山に鎮座する古刹浄土寺。
その浄土寺に蔵される源氏物語絵扇面散屏風中にも収められている源氏物語第四帖夕顔の巻に「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」と詠まれている夕顔は瓢箪とは同種の植物で、両者とも夏の暑い盛りに可愛い白い花を咲かせます。
瓢箪は中国最古の詩集である「詩経」にも登場するほど古くから人々によって栽培されており、縦に切ると水汲み用のひしゃくとなり、横に切れば椀となることから古代より重要な生活用具とされてきました。また、内側が空洞のところからその浮力を買われ、舟にくくりつけられ、大海を渡る際の舟の扶けにも使われてきました。
そうした一方で、「日本書紀」や「延喜式」中に神具としての役割を担ってきた記述があることや、伊勢神宮の祭祀に不可欠な祭器として神楽歌にも登場することなどから、神聖な器としても用いられてきた面を持ちます。これは瓢箪の持つ円い空洞のふくらみや中空にぶら下がって実る姿に古人たちが神霊さを認めてきたためと思われます。

瓢箪といえば豊臣秀吉の馬印が有名です。
秀吉は武人でありながら、商人としての感覚にも秀でた人物でした。その秀吉も訪れ、一服の茶を喫したことのある商人の町・尾道では大正の頃、浜問屋の旦那衆の道楽に始まる瓢箪集めが町中に広まり、瓢箪のない家が無いといわれるほどに大流行していました。町の辻々では瓢箪話に花を咲かせていたそうです。
その頃、たまたま道後に渡る船上で、人々の瓢箪話を傍で聞いていたのが、大正元年(1912年)尾道を訪れていた志賀直哉です。その後、桂馬の初代村上桂造の祖母小林マツが住む宝土寺上の三軒長屋に寄寓した直哉は、その話を元に小説「清兵衛と瓢箪」を書き上げます。漱石の門下で直哉の友人であった哲学者和辻哲郎に作家への道を断念させることとなった驚くべき事物描写力は、尾道は往時の姿を文中鮮やかに甦らせています。

今夏は、尾道・桂馬にゆかりの深い瓢箪を形どり、新しい夏の風物詩として愛らしい「ひとくち瓢箪」を誕生させました。瓢箪はもともと酒器として使われてたもの。夏のお詰め合せ「季の時」の大吟醸酒にもその意を合わせ、ともに涼風をお届けいたします。

記 岸川裕尚

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